●言葉はノイズか

小学館刊、藤丸著の「レジスタ!」を読んでいると、第7話に

「”印象”を表現しようとしたときに、言葉はノイズが多いのかもしれない」

というようなセリフがありまして。思わず「あー」ってなりました。理解できるんですよね、これ。

言葉には連想されるイメージがあります。しかもそのイメージは人によって違います。この話は「SFコミュニケーション論」にも書きましたが、例えば「雪」という言葉というか単語を聴いて連想するものを挙げてもらうと、人によって全く違うのです。近畿地方出身者だと「白」「冷たい」などと答える人は少なく、「かまくら」「雪だるま」「札幌」などを挙げる人が多いのです。中には「アナと雪の女王」とか「雪ノ下雪乃」とかもありましたが……ちなみに富山出身の人に訊いたら「重たい」と答えました。

知っている言葉にはその人が生まれ育った環境に応じたイメージが貼り付いています。それを別のイメージで塗り替えることは大変難しい。知らない言葉であれば、それがどの様な物か想像がつかないので、イメージがない、つまり「色がない」わけです。色のないものはいかようにでも塗ることができます。先ほどの雪の例で言えば、雪というものを見たことも聞いたこともない人に言葉で説明するのは、こちらの意図通りのイメージや色を付けやすいと言えます。
だから例えば「空から南国の海のような青色の雪が降ってくる」という言葉でイメージを伝えれば、「雪というものは青い色をしている」と理解するでしょう。

ですが我々は雪を知っています。「南国の海のような青色の雪」などと言われれば「何故そんな色をしているのか」と思うでしょうし、その理由を考えるでしょう。「かき氷用のブルーハワイシロップをかけたのか?」「イルミネーションの色を反映して青色になっているのだろう」とか。
ただ単に雪の降る情景を見た人が「空から青い雪が降っていた」という自分の感じた”印象”を伝えたかっただけだったとしても、それを受け取る側はそこに「ブルーハワイ」だの「イルミネーション」だのと、何らかの要素を勝手に付け加えてしまうからです。これは確かに「ノイズ」になります。

ではノイズを一切入れない言葉はあるのか? 知らない単語ばかりを羅列するしかないのかもしれません。KOKIA語みたいなもんです。「レジスタ!」の中では「チョコクラ語」がそれに相当します。まぁ日本人に向けてであれば、ほとんどの人が知らないであろう言語から単語を持って来て並べるのが良いのかも知れません。

逆に言えば、それぞれの人が持っている”印象”に働きかけることができる言葉を並べると、聞く人によってまったく異なる意味を持つ文章を作れるのかもしれません。もしそんな文章ができたら大変面白いでしょうね。そういう物語を書けるのか?という話でもありますが。
もしかしたら「京都の人の言葉」あたりがそれに相当するのかもしれませんけどね。